World of Warshipsのシナリオで巨大川内と戦う

World of Warshipsのシナリオ「チェリーブロッサム」に登場する巨大川内改二。体力392万の化け物です。強い。


圧倒的でかさ


踏み潰そうとしてくる


攻撃が通らない(´・ω・`)


ロード画面に浮かび上がるシルエット


追い詰められる川内


撃破╰( ´◔ ω ◔ `)╯

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ある日突然「絵を描きたい」と言い出す人々

昔とある絵描きの気になる発言を見たときのことでした。

本当に素質のない人間をやる気にさせて、結果的に無駄に時間を浪費させ、あとは放置。
これって残酷な仕打ちでは?(要約)

…たしかに
そう言えばそんなことが何度かあったなと、過去を振り返ってみたものでした。挑戦する権利は誰にでもあって、やってみたらできたという例もありますが…本当にダメだったパターンもあるもので、更に当人だけの問題ではなく周囲を巻き込んでいるケース。これがマズイ。

また、本当はやる気がないのに、やる気あるアピールをするせいで、結果的に関わった人をウンザリさせる事例と言うのは、組織内部の人材教育や、学校、趣味の世界、様々な人間関係で度々起きるもので、それは絵という世界もでも同じだったりします。

プロアマ問わず、絵描きがこうした問題に振り回されるケースが度々散見されます。
以下のその一例


【大前提】

この文章は、私が過去に振り回された、幾度かの経験に基づいており、
もしあなたが描ける人であって、あなたの周りに「絵を始めたいです」と急に言い出す人がいた場合。あるいは、あなたが急に「絵を始めたいと思います、教えてください!」等と周囲に言いたくなった際のマニュアルです。また、これから絵を描こうとする人々の筆を折らせるという意図は一切ございません。しかしながら、そこで誰か他人の力を借りようとしたときに、本当に自分に向いているのかどうか、今一度冷静に考えてほしいと感じています。
※ここで言う描ける人はアマプロ上手い下手関係なく、絵を描くことが好きで生きがいと感じてる人のことです(以下同じ)。

まず…そもそも本気で絵を描きたい人間は、「絵を始めたい」などと言う前にサッサと描き始めてます。言葉にする時点で不穏な空気が漂っていますので周囲の人間は身構えてください。
ここではそういう人物を「絵を始めたい君」と命名します。

→そもそも無視すればいいじゃない?
絵を始めたい君は承認欲求が前面出ています。いざ描き始めてみると、落書きを見せながら「上手く描けない」「誰か助言を」「アドバイス欲しい」等、本気でそう思ってるか否か周囲に頑張ってるアピールを頻繁に行います。経験則から無視できる人もいるでしょうが、場の空気や人間関係から必ずしもそれができるとは限らないです。


【絵を始めたいと思います!】

さて、絵描きは教えたがりが多いです。私もです。だから「絵描き仲間が増えるよやったね!」と至れり尽くせりになった後に、結果的に相手に失望するケースが多いです。相手も「そこまで本気じゃななかったのに…」と余計なお節介に苦悩するでしょう。お互い不幸せにならないためにも、意識の差異を再認識いたしましょう。
ただ、有言実行タイプの人間はおりますからこの限りではありません。

まずは、絵を始めたい君特徴を見ていきましょう…

→動機が弱い
絵を始めたい君の動機は以下の通りのケースが多いです。

・絵描き同士が仲良くしていて羨ましい
・絵描きがチヤホヤされていて羨ましい

上記のような絵描きがを長年絵を描いてきた「結果」がほしくて、絵を描きたいというなら向いてません。「絵を始めたい」と言い出した人間が、何らかしらの疎外感からそう発言したかどうかは見逃せないポイントです。他にも様々な弱い動機がございますが、いずれも結果の先取りをしたいという共通点が見られます。

さて、絵描きも当然そういった承認欲求や人間関係を欲しますが、それが最優先ではありません。なんため?自分のために描いてます。まずは自分が自己満足できるという大前提の上に成り立っているんです。僕はこれを留守番中に一人で積み木遊びができる能力と称しています。

→でも、反応を欲しがっている絵描きや上手く描けないことを悩んでる絵描きはいますよね?
はい、当然です。絵描きも人間ですので、自分が生み出した作品に対して承認欲求が生まれるものです。子供が絵を描いて「ママこれ見て~」と親に見せに行くことはおかしなことではありません。上手くいかなければ悩みます。ですが、彼らは悩みつつも、いい結果も悪い結果も生み出し続けます。いい結果にならなければ試行錯誤します。向いていない人はまず結果を出しません。そこが問題です。
絵を描く人間が最も愛するのは絵を描く行為です。ゲームもします、旅行にも行きます。でも、最優先は絵です。紙と鉛筆が目の前にあれば何らかしらの落書きを自然と描いてしまうくらいです。

→そもそも絵を描くのが好きではない
この手の人種は口癖の様に「上手くなれば好きになる」と言いますが、そんなことにはなりません。好きでなければ上手くならないからです。
そして上手い人たちは最初は下手だったという事実すら認めようとしないか「才能」で片づけようとします。逃避に走り出したらもう向いてないも同じなので、匙を投げましょう。

RPGに例えましょう。初めはあなたは雑魚敵にすら容易にボコられる虚弱体質勇者です。目の前の敵を倒し、経験値をため、そして次のステップへ登っていき、最終的にラスボスを倒すことができるまでに成長できるのです。その成長過程が面倒だけど面白い。絵も同じで、成長の過程に価値を感じないなら向いていません。絵はまさにゲームです。好きでもないゲームをわざわざ遊ぼうとは思いませんよね?

もしかしたら好きでもないそれも、続ければ確かに好きになるかもしれません。
そういう例は多いのです。ですが、それはその人自身の問題であって周りはどうすることもできません。

→質問のタイミングがおかしい
絵を描ける人は「首と肩のあたりの描写が上手くいかないので教えてくれませんか?」「階段のパースを取りたいのですが上手くいかないんですよね」という感じの具体的な質問ができます。ですから適切な答えを貰えるわけです。

逆に「絵が上手くなりたいけどどうすれば?」等という質問では「デッサンやりましょう」「沢山描くことですかね?」としか返せません。

そこで次のステップです。その人は何を理想としているのか?

→理想がない
…理想はチヤホヤされたりグループの輪に入ることが最優先になってしまうので、こういう人は、憧れの作品は?理想とする絵描きは?描きたいものは?と聞かれた際に答えが非常にあいまいです。具体的な返答ができるかどうかはかなり重要です。

「好きな絵描き?いっぱいいますね選べません。描きたいもの?何でも描けるようになりたいです。」

こういう答えが返ってきたら周囲は匙を投げる準備が整います。
反面、絵を率先して描こうとする人間は今描きたいものが大変具体的です。

「〇〇さんみたいな画風が理想ですね!」「好きな絵描きはいませんが、自分の住んでる街並みを水彩画で表現したいんです!」「推しキャラのエロ画像描きたい(理想のシチュエーションを説明しながら)」

こういう人に対しては周りもいろいろ教えやすいでしょう。仮に上手くならなかったとしても、自分のために絵を描き続けるでしょう。だって好きなんですから…。
それでもなお、やる気はあるんです!という雰囲気を醸し出しているなら、ある程度は続くかもしれません。しかし…

→思っていた程やる気がなかった(本気でなかった)
時間がたつと疑念が生じます。本当はやる気ないのでは?と

絵を描くこと自体は誰でもできます。紙と鉛筆さえあればよいのです。
ただし、その人が理想とする、周囲からチヤホヤされるレベルの絵に到達するには困難が伴います。そこを知った途端にやる気をなくすわけです。結局は周囲の注目を集めたくて「絵を始めたい」と言っただけの可能性もあります。

時期的に周りも絵を始めたい君に若干嫌悪感を示し始めます。


【それでも絵を続けたい絵を始めたい君】
「絵を始めた君」に進化しました。一部の人はまだ親切に付き合ってくれるでしょう。このタイミングで絵を描く楽しみに気が付けたなら大変ラッキーなのですが…(そういう人もいます)

そうはならなかった絵を始めた君…

→受け身である
受動的では絵は描けません。絵描きは非常に能動的な生き物です。

絵を始めた君は、目的の設定が曖昧なので自分でやるべきことを見つけられません。
常に他人からの説明をそのまま受け取り、うんうん唸りながら、なぜそうなのかを理解しないまま、同じことを繰り返します。ですから楽しくないわけです。周りも目的があいまいである以上適切な指導はできません。

絵とは小さなステップを地道に登っていくのです。このステップの設定は、自分が何をやりたいかが明白でないと設けることさえできないのです。

→臆病である
周りは親切に教えます。だから引くに引けなくなってしまうわけです。
内心本人は、数々の客観的事実から自分には向いてないと感じていますが、周囲が熱心であるあまりに本心を言えません。周りも「絵を始めた君は描くには向いていない」とはっきり言うこともできません。あきからに温度差が生じているのに、互いの親切心が空回りしてしまい悪循環を生みます。そういう意味では絵を始めた君も被害者と言えるでしょう。(冒頭の引用に通じます)


【更にこういう症状は注意】

→眼高手低である
成長するに従い見識が広がります。プロの絵描きが描いたハイクォリティな作品をたくさん見ることでしょう。当然…そうした作品と自分の絵を比べるわけです。絵を始めた君が評論気質で理想が高い場合はもう続きません。描き始めの人間が上手く描けないのは当然ですが、上述してきた通り、能動的に学ぼうとしないゆえに、誰得な(この場合自分得ですらない)作品を量産し続けます。お世辞で褒めていた周りも量産される似たような絵に対してかける言葉がありません。すると本当につまらなくなって来るので、絵を描かなくなりフェードアウトです。

→自虐が多い
褒める気もなくします。下手だとか言いながら見せた絵に「そんなことないですよ~」と言ってほしい感が日々感じられるので、周りは次第に離れていきます。


【絵を始めた君はモチベが続かない】
絵を始めた君あたりから、絵の上達法に関しては、技法所やベテランの方々が言ってるそれそのままを学んでいく必要があります。考えながらも模写をしましょう、パースを取りましょう、色は、デッサンは…etc もう頭がパンク状態です。
描ける人は一度のこんなにたくさんのことを学んだのか?
違います。そんなことはありません。
順番は違えど、ちょっとずつ学んでいったに過ぎないのです。

→何故それができるのか?
目的がしっかりしているからです。
例えば建築物のある背景を描くために、最初に人体の骨格を学ぶ必要はありません。目的がしっかりしていれば情報の取捨選択ができ、目の前にどかっとおかれた情報の数々に圧倒されたりはしません。絵を始めた君は、当初の動機が原因で目的がありません。いくら説明されても腑に落ちない情報の数々に、理想とのギャップ、自身の無力さを感じやる気を失ってしまうのです。

逆に別にプロみたいにならなくてもいいやと好きで描いている人は強いでしょう。技法に捉われずに好きなものを好きに描き続けます。


【おまけ】

→絵って辛いんですね?なんで続けてるんですか?
ダクソ3で理不尽に固いボス敵に何十回も殺され続け、FF5でうっかりセーブを忘れた状態でレベル5デスを食らってパーティ全滅して「はぁこんなクソゲー二度とやるか!!」とふて寝しても、結局はそのゲームをやってしまう。達成した時に、何とも言えない達成感を感じて悦に入る自分がそこにいる。絵とはそういうものなのです。

その気持ちを理解できるか否かです。


【最後に…】
ここまで書くとまるで距離を置きたい人種かの様に感じるかもしれませんが、そうではありません。(もちろん距離を置きたいようなのもいます)。絵を描くのには向いていないだけかもしれません。しかしながら「絵を描きたい君」の特徴は当人の人格面や環境に影響されていることが多いです。それは絵を描く才能という範囲ではなく、日常生活や興味関心、行動力、人間関係等のよりマクロな分野が影響しています。もっとも私は心理学者でも精神科医でもありませんので、この辺りで割合します。

描ける人と描きたい君の意識の差が予め分かれば、互いに無駄な時間は浪費しないで済むと考えています。その判断基準はどこなのか? そういった話でした。