昨今SNSを利用していると流れて来るお絵描きハウツーの中にはいい加減な解釈や誤解に基づくものが多いので頭を抱えます。その誤解というのは基礎的な美術や科学的な視野で物事を判断出来てないようなものです。プロや講師ですら間違った解説したりするから恐ろしい。
例えば空気遠近法の解説において「遠近感を出すために~色(白や青)を入れましょう」「遠くの景色ほど青い」という解説が散見されますが。もうここで止まっている時点で時点で空気遠近法を誤解して覚えてます。
何度も言います。 間違いです。絶対鵜呑みにしないでください。
下の絵を見てください。空気遠近を駆使して描いてはいますが、遠くに行くほど青いというより空の色に溶け込むという表現のほうが適切かと思います。
まず、厳密には大気減光や光の散乱という物理現象を表現として利用するのが空気遠近法です。 当然、時間帯や大気がどういう状態か?に依存します。ゆえに特定の色を入れると断定してしまうのは危ういです。実際に夕焼けに染まった空をバックに遠くの景色に青や白入れててごらんなさい。ものすごく不自然になります。
特定の色を指定するより「空の色を入れましょう」「空に溶け込むように描きましょう」のほうがまだマシなのです。繰り返しますが、空気遠近の根本を理解しているなら~色を入れるなど断言できません。
それって凄く当たり前のことなのですが、何故か抜け落ちてるんですよね…。
【大気減光】
太陽光を含む光は、空気中を進む過程で大気中の分子や微粒子によって散乱・吸収され、次第に減衰していきます。私たちが遠くの景色を見るとき、その光は近くの景色よりもはるかに長い距離の大気層を通過して目に届いています。そのため、距離が遠くなるほど光は散乱の影響を強く受け、色のコントラストや彩度が低下します。結果として、遠景は色味が薄くなり、立体感が乏しく見えるのです。
【ミー散乱】
大気の状態は日によって異なりますが、空気中の湿度が高い場合や、塵やエアロゾルなどの微粒子が多い環境では、ミー散乱が起こりやすくなります。ミー散乱とは、光の波長と同程度、あるいはそれより大きな粒子によって生じる散乱現象で、特定の波長に偏らず、可視光のさまざまな波長を比較的均等に散乱させる性質があります。そのため、散乱された光が多くの波長を含むほど、私たちの目には白っぽく見えるようになります。雲や霧が白く見えるのは、このミー散乱によるものです。
遠くの景色を見る場合、光はより長い距離の大気を通過するため、こうした散乱が幾重にも重なります。その結果、距離が増すほど景色は白く霞み、色の彩度やコントラストが低下していきます。極端な例として、霧に覆われた高層ビル群を観察すると、手前よりも奥にある建物ほど白く溶け込むように見え、輪郭や形状が次第に判別しにくくなることがわかります。
また、ミー散乱では散乱と同時に光の直進成分が減衰するため、遠方の物体ほど明暗差が弱まり、立体感が希薄になります。この現象は霧の日に限らず、晴天であっても大気中の水蒸気や微粒子の影響によって程度の差こそあれ常に生じています。こうした大気による視覚的変化は「空気遠近法」として古くから美術表現に取り入れられており、特に古典絵画に見られる誇張された遠近感や奥行き表現は、ミー散乱を含む大気光学的現象を的確に捉え、意図的に強調したものだと言えますね…。
【レイリー散乱】
私たちが普段「空は青い」と感じるのは、主にレイリー散乱によるものです。大気中の窒素や酸素のような非常に小さな分子は、波長の短い光ほど強く散乱するため、青い光が空全体に広がって見えます。
しかし太陽が低くなると、光は空気の中を長く通り、青い光は途中で散乱され尽くしていきます。その結果、目に届く光は次第に減衰し、相対的に赤い光が強く残るため、夕焼けは赤く感じられます。
つまり、空の色は一定ではなく、光の通り方と空気の状態によって常に変化しているわけです。絵における空の色とは、その瞬間の光の関係をどう切り取ったか?なのです。
【空気遠近は物理現象でしかない】
これらの要素が複合的に作用することで、遠くの景色ほど彩度やコントラストは低下し、輪郭は曖昧になり、全体の色味は大気中で散乱している光の波長へと引き寄せられていきます。私たちは、その結果として生じた「目に届いた光」を見ているに過ぎません。
多くのハウツー解説に共通して見られる問題は、この点を見落としていることにあります。つまり、科学や物理現象という前提が抜け落ちたまま、一部の結果だけを技法として扱ってしまっているのです。
繰り返しますが、空気遠近は物理現象です。
それは常に存在する自然法則であり、絵画における空気遠近とは、その物理的現象によって成立した視覚体験を、絵という表現体系の中に落とし込んだものです。それらは強調・単純化・記号化されることはあっても、根底にある原理は変わりません。
したがって、本当に理解すべきなのは「何色を使うか」ではなく、「なぜそう見えるのか?」、それを「どのように自分の表現へ落とし込むか?」という点です。
視覚表現とは、物理現象としての光を、人間の認知と感性を通して再構築する行為であり、その意味で美術と科学は常にセットです。
【つまり地球外では見え方が違うのでは?】
はい、ずばり、その通りです。
火星では昼間の空は黄色や赤みがかった色をしていますが、夕焼けの時間帯には空が青く見えます。これは、火星の大気が地球とは密度も成分も大きく異なるため、先に述べたレイリー散乱とミー散乱のバランスが地球とは逆の働きをするからです。
一方、月から見た地球が非常にくっきりと鮮やかに見えるのは、月面やその周囲の宇宙空間にはほとんど大気が存在しないためです。大気による散乱や減衰がほぼ起こらないため、約38万kmという距離があっても、惑星の輪郭や色彩が損なわれることなく目に届くのです。
【いい加減な解説でも実際に成立してしまうことが多い】
これは推論になりますが、「遠くには青を入れる」「青白くすると奥に見える」といった解説が多いのは、その程度の説明でも多くの絵では実用上問題が起きにくいからでしょう。
時間帯を特に設定していないキャラクター主体のイラストでは、暗黙のうちに昼間の光で描かれていることが多く、空が青い状況が前提になります。そのため、「空気遠近=青」と説明しても成立してしまいます。
私たちは日常的にも、遠くが青く見える景色を多く目にしています。その経験が「遠くは青いものだ」という先入観を生むのです。
さらに、青は後退色であり、青みに寄せた色は奥まって見えるという美術的性質も、この説明を補強しています。
【こんなこといちいち考えてられないよ!】
そうです。これは原理の話。いちいち細かく考えて絵なんか描けるかっ!という気持ちもわかります。自分もそこまで厳密に考えてはいません。その代わりに「実際の景色」を観察してナチュラルに見える表現を模索しています。答えなど最初から目の前に転がっているのです。
なにより原理を知るというのは、正しく描けという話ではないのです。原理を知れば自分の絵を描くときに自信をもって自由にアレンジできるというのが私の考えです。知らないよし知っていた方が強みになるのです。
【実は怖いネットのハウツー】
何年も前になりますが、「マットペイント」という言葉が誤って使われていることを指摘したことがあります。SNS上でも繰り返し注意してきました。写真をテクスチャとして用いた緻密な絵を、誰かがマットペイントと呼び始め、その誤解が広まってしまったためです。
最近はさすがに、こうした誤用は減っていると信じたいところです。
本来、マットペイントとは映画における撮影技法、またはそのために制作される絵画を指します。平たく言えば特撮の一種で、写実性が求められるため、写真素材が使われることもあります。
ネットでは、古典的な技法や基礎的な学問よりも、「学校が教えない〇〇」といった情報のほうが注目されがちです。しかし、本当に重要なことは、たいてい初歩的で基礎的な部分にあります。空の色はなぜ青いのか——そう感じたなら、光の原理や色彩学といった分野の書籍にあたることこそが、確かな理解につながります。





